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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)588号 判決

上告人 増沢清茂

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人石川泰三、同荒井鐘司の上告理由第一点について。

商法二六六条ノ三第一項前段の規定は、株式会社の取締役が、悪意または重大な過失により会社に対する義務に違反し、これによつて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であるとを問うことなく、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償のる責に任ずべきことを定めたものと解すべきであるし、株式会社の代表取締役が、他の取締役その他の者に会社業務の一切を任せきりとし、その業務執行に何等意を用いることなく、ついにはそれらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過するに至るような場合には、自らもまた悪意または重大な過失により任務を怠つたものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和三九年(オ)第一一七五号、同四四年一一月二六日大法廷判決参照。)。上告人は商法二六六条の三により、第三者である被上告人に対し、本件麦類亡失事故によつて蒙らせた損害を賠償すべき義務を負うものである旨の原審の判断は、原判決の判示する事実関係の下においては正当として支持することができる。原決判に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。

同第二点について。

原審は、昭和三三年四月一日の寄託契約締結後、昭和三三年の会計年度末である昭和三四年三月三一日までの間に亡失したものと認定している趣旨であることは原判決に徴し明らかであり、この点に関する原審の事実認定ならびに判断は原判決の挙示する証拠関係に照らして是認することができる。その他原判決に所論の違法はなく、論旨は適法になされた原審の証拠の取捨判断、事実認定、それに基づく正当な判断を非難するに帰し、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官松田二郎、同岩田誠の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官松田二郎の上告理由第一点についての反対意見は、次のとおりである。

私は、商法二六六条ノ三についての多数意見に対して反対するものである。その理由については、前記大法廷判決の中の私の反対意見をすべて引用する。

私は、同法二六六条ノ三第一項は、取締役が対外的の業務執行につき、第三者に対し悪意または重大な過失による不法行為に因つて直接に損害を与えた場合における規定と解するものであつて、会社の行為によつて第三者に損害の生じた場合、取締役の行為が対会社関係において任務懈怠となるにしても、それだけで同条を適用すべきではないと考える。このような場合には損害を被つた第三者は自己の会社に対する損害賠償請求権を確保するため、会社に代位して、会社の取締役に対する損害賠償請求権を行使し、直接自己に給付すべきことを請求し得、また、自己に転付(民訴法六〇一条)することが認められるのであつて、それにより救済を得ることができるのである。

今叙上の見地に立つて本件について見るに、原審認定の事実関係のみでは、未だ上告人自身が、被上告人に対する関係において商法二六六条ノ三の責任を負うものとは断じ難い。原審はすべからく、上告人の行為が被上告人に対し同条の定める不法行為上の悪意又は過失に該当したか否か、更に審理すべきであつたのである。原審はこの点において審理不尽の誹を免れ得ない。さらば、これらの点について更に審理せしめるため、原判決を破棄してこれを原審に差戻すのを相当と考える。

裁判官岩田誠の上告理由第一点に対する反対意見は、次のとおりである。

私は、商法二六六条ノ三、一項の規定は、取締役の会社に対する任務違反の責任を定めたものではなく、取締役が第三者に対する悪意または重大な過失、によつて直接損害を与えた不法行為責任を定めたものであると解するもので、その理由は、前示大法廷判決における私の反対意見で述べたとおりであるからこれをここに引用する。私の右意見によれば、上告人の訴外会社に対する任務違反を理由として、上告人の被上告人に対する損害賠償義務を肯認し、被上告人の本訴請求を容認した原判決は、商法二六六条ノ三の解釈適用を誤つた違法があるもので破棄を免れない。そして被上告人の本訴請求が理由あるか否かを決するには、なお上告人においてその故意または重大な過失によつて被上告人に対しその主張の損害を与えたか否かを審究することを要するので、本件は原裁判所に差し戻すべきものと思料する。

(裁判官 岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 大隅健一郎)

上告代理人石川泰三、同荒井鐘司の上告理由

第一点原判決は、商法第二六六条の三第一項の解釈を誤まつたものであり、その誤まりは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(一) 原判決が、被上告人を勝訴とした理由は、上告人に商法第二六六条の三第一項の取締役の第三者に対する責任があるとしたからに他ならない。

すなわち、原判決によれば代表取締役である上告人は単なる名目上の代表取締役に過ぎず、実権は取締役矢島芳雄が握つて訴外千葉倉庫株式会社の倉庫業務一切を遂行していたが、これを裏返えして言えば上告人は代表取締役としての義務(業務担当取締役である訴外矢島芳雄の職務を監視すべき義務)を果さなかつたものといえるから、本件損害について第三者である被上告人に対し賠償責任がある、というのである。

しかしながら、商法第二六六条の三第一項により取締役が第三者に対して直接責任を負うことがあるのは、あくまでも該取締役がその職務行為につき対第三者関係において故意又は重大な過失のある場合に限られるのである。

ひるがえつて本件についてこれをみると、上告人は訴外会社の代表取締役として業務一般を執行する立場にあるけれども、本件倉庫業務(保管業務)一切は訴外矢島芳雄がこれを担当しており、上告人はこれに一切関与していなかつたりであるから、本件保管業務について故意又は重過失の存し得るのは専ら右訴外人をおいて他にない。原判決は、上告人が右訴外人に対する監視義務を怠つたこと及び同懈怠が著しいことを認定した後、直ちに代表取締役の職務を行なうにつき重大な過失があつたとしている。

しかし、原判決のいう代表取締役の職務とは一体何を指すか。代表取締役のなし得る職務と現に行なつている職務とは区別すべきであつて、本件倉庫業務は、右訴外人が業務担当取締役としてこれを行つていたこと前記のとおりであるから、この業務を上告人も同時に行なつていたとするのは、擬制以外何者でもない。そして商法第二六六条の三にいう取締役は、あくまでも現に該職務を行なつた取締役と解すべきである。すなわち、商法第二六六条の三が規定した取締役の責任は、民法上の不法行為責任の特殊型態ともいうべきであつて、その解釈に当つては民法上の不法行為責任を充分勘案しなければならない。されば、右法条の取締役の責任は、当該職務行為を現に行なつた取締役又はこれと同一視すべき取締役(例えば、共謀又は当該職務行為の一部を担当した者)の責任であつて、該職務行為をなし得るからという理由で代表取締役が全べて責任を負うとすることは妥当な解釈とはいえない。

従つて、原判決が上告人は代表取締役であるから、他の取締役又は使用人全員につきそれぞれが第三者に蒙らせた損害の賠償責任を負うとしたのは、右法条の解釈を誤まつたものである。

(二) 次に、原判決は上告人には重大な過失があるとして、その過失の所在を業務担当取締役である前記訴外人に対する監視義務違背に求めている。

この事実認定が仮りに正当だとしても、その過失はあくまでも第三者である被上告人に対する関係で存しなければならない。しかしながら、右過失は、右訴外人に対する関係における過失にすぎず、それによつて訴外会社に対し委任義務違反の責任を負うことはあつても、第三者たる被上告人に対する過失とはならない。

商法第二六六条の三第一項の過失とは、第三者に対して過失が存在することが必要なのであつて、如何なる関係の過失であつても代表取締役は責任を負うとしたならば、会社のあらゆる行為につき第三者に対し常に個人責任を負うことになる。

従つて原判決はその認定にかかる過失と第三者の損害との因果関係を不当に拡張して解釈したものであり、その結果右法条の適用を誤まつたものと思料する。

第二点原判決には、審理不尽により理由の不備又は齟齬がある。

(一) 原判決は、訴外会社が被上告人より寄託を受けた麦類を亡失したこと及びその損害額を認定しているが、右亡失の時期について何等判断していない。すなわち、前記訴外人は原判決認定のとおり昭和二七年度以来訴外会社と被上告人間の麦類寄託契約に関与して来たのであるが、上告人は昭和三〇年九月一日から訴外会社の取締役(そして代表取締役)に就任したのであつて、それまでは右寄託契約はおろか訴外会社の業務に全く関係していないのである。従つて、本件損害が昭和三四年三月三一日現在一七、二五二俵八・九キロ(五トン車トラツク約二五〇台分)亡失していたことによるものだとしても、この数量に相当する損害全部を上告人が負わなければならないとするのは、極めて不当である。

右亡失が一時に発生したか否かは全く審理されていないのであるから(原判決は、わずかに証人矢島芳雄の"昭和二九年又はその前年に相当量の受託麦類が亡失していたかも知れず、もしかかる場合に、その後である昭和三〇年九月一日に代表取締役に就任した上告人に対しその損害賠償責任を負わせることは許されない。

かくて右亡失の時期及びその数量を確定することなく、昭和三四年三月三一日現在の数量をもつて直ちに上告人にその損害賠償責任を負わせた原判決は審理不尽であつて、破棄されるべきものと思料する。

(二) 原判決は重過失の認定に当り充分な審理を尽したものといえず、その認定経緯は経験則に違反する。

原判決は、その行間において上告人が非常に気の毒な立場にあることを認めつつ、重過失についていとも簡単にその存在を認定している。

しかし、商法第二六六条の三に規定する重大な過失とは、第三者の事情も十分考慮してこれを判断すべきである。すなわち右法条は第三者保護のため例外的に取締役の個人責任を規定したものであるから、第三者の側にも過失又はこれと同視すべき事情がある場合には、これと取締役側の落度の双方を比較考量した上重過失の存否を判断すべきである。しかるときは、第三者たる被上告人は、寄託者ではあるけれども極めて厳格な倉庫管理を行い(乙第三号証御参照)、いわば受託者と共同で保管の任に当つて来たとも言えるのである。

しかも、その間被上告人が本件寄託に関して訴外会社の代表者として接触して来たのは専ら訴外矢島芳雄(同人は常務取締役を名乗つていた)であり、上告人が全く関与していなかつたことを知悉していたのである。

この事実は、本件訴訟提起前に行なわれた訴外会社及び訴外人らと被上告人間の本件損害に関する和解及びこれに伴つて締結された覚書(乙第一号証)には上告人が常に当事者から除外されていることからも明らかである。

しかし、偶々偽造保証書に端を発して本件訴訟が提起されるに至り、被上告人側の思いつきから、商法第二六六条の三の責任を論ぜられるに至つたものである。

右各事実を総合すると、被上告人は上告人の重過失を問うことのできる立場にはないことが明らかであり、本件に関して被上告人が上告人以上に保管業務に携わつていたことからしても、上告人には右法条にいう重過失はなかつたといわなければならない。

かくして、右各事実を総合しながら、直ちに上告人に重過失を認めた原判決は経験則に違背し、その理由に不備又は齟齬あることに帰着し、然らざれば審理不尽と言わざるを得ない。

以上のとおりであるから、原判決を破棄し、本件を原審に差戻されるよう申立てます。

以上

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